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■ ドイツ労働総同盟旧蔵文書(DGB文書)

以下の本文は、『ドイツ労働総同盟旧蔵文書目録 : 東京大学社会科学研究所所蔵』の解題(当時の当研究所所員・戸原四郎氏著)より抜粋したものです。

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DGB組織の足跡

この文書の所有者であったドイツ労働総同盟(Deutscher Gewerkschaftsbund 略称DGB)は、西ドイツの主要組合を結集したその中央組織である。
そしてこの文書には、ドイツの古くからの労働組合資料が多数含まれているので、まずはその組合組織の足跡から触れておこう。

ドイツの労働組合は、伝統的に政党と密接な関係を持って発達してきた。
全盛期の1860年代に勃興した職業別組合も、ラッサル派、マルクス派、自由主義派に分かれ、前二者は1875年に政党次元の合同を受けて社会主義系の労働組合に結集したが、その直後に社会主義鎮圧法により大部分が解散に追い込まれた。
そして1890年の同法廃止後、改めてその系列の自由労働組合の本格的発展が始まり、翌91年にはそれらの緩い連合体として労働組合総委員会(Generalkommission der Gewerkschaften)が発足し、これは第一次大戦後の1919年により強固な全ドイツ労働総同盟(Allgemeiner Deutscher Gewerkschaftsbund 略称ADGB)へと発展したが、これは同系列の職員組合(Allgemeiner freier Angestelltenbund 略称AfA-Bund)や官吏組合とも連携して、最大の組合勢力をなした。
他方、古い伝統をもつ自由主義系組合や前世紀末に発足したキリスト教組合も、同様の組織整備を進め、これら三系列がしのぎを削ることとなったが、1933年のナチスの政権掌握以後、あいついで弾圧され解体されてしまった。

第二次大戦後、占領下で組合の再建が進められたが、組合の分裂がナチスの台頭を許したとの反省から、戦後は産業別統一組合が指向され、政治的・宗教的対立を超えた単一系列で、労働者・職員・官吏を包含した組織が追求された。
ただ日本と異なり四地域に分割占領されたドイツでは、広域組合の再建は阻害された。
ソ連占領下の東ドイツでは自由ドイツ労働総同盟(Freier Deutscher Gewerkschaftsbund 略称FDGB)が早期に発足したが、西ドイツではイギリス地域を除いて地区ないし州単位の組合しか許されず、1949年秋にようやく全国規模の産業別組合が成立し、その16組合によってDGBが発足することになった。
もっともDGBの社会民主党色を嫌って、一部の職員・官吏組合は加盟せず、1959年にはキリスト教組合が分離独立したが、いずれも小勢力であって、DGBが西ドイツ労働界の中心的存在であることに変わりはない。


ザッセンバハ文庫の影

ところで、このDGB文書には、いわゆるザッセンバハ文庫が影をおとしている。
ザッセンバハ(Johann Sassenbach, 1866-1940)はもともと馬具職人であって、1891年にその組合の委員長に、1902年には既述の労働組合総委員会の役員に就任し、1920年代には国際労働組合連盟の書記や総書記を務めた人物であるが、同時に知的好奇心が旺盛で、組合や社会政策の文献蒐集家としても有名であった。
そのため、自由主義系のベルリン労働者協会が、1847年以来の古い貴重な蔵書を彼に寄贈し、その文庫は一層充実したといわれるが、これに基づいて彼は『ドイツ語組合文献目録』(Verzeichnis der in deutscher Sprache vorhandenen gewerkschaftlichen Literatur)を刊行した。
これは単行本のほか新聞・雑誌記事をも収録し、その第4版(1910年, 213頁)とその『補遺』(Nachtrag. 1912年, 本巻とあわせて327頁)は、今日でも高い評価を受けている。

彼の伝記(本目録の請求記号は "1-Sa-204")によれば、彼はその膨大な文庫を組合運動の遺産として残すことを希っていたというが、その夢は叶えられなかった。
1931年、彼は組合運動から引退したが、1933年5月2日、ナチスが組合を襲撃したさい、ベルリンの労働会館にあった彼の文庫も押収され、ナチ党文庫に編入されてしまった。
そして彼自身も二回検束され、短期間で釈放されたものの、失意のうちに1940年11月、息を引きとった。
戦後、ナチ党解体のさいに彼の文庫がどうなったかは不明である。
伝記によれば、第三者に渡ったという。
今回整理したDGB文書にも若干のものはあり、それらには彼の蔵書標識とともにナチ党文庫(N.S.D.A.P. Parteiarchiv)のゴム印が押されているが、その数は伝えられる規模に比して余りにも少ない。
戦後に再建されたDGBは、その一部を入手しえたものの、古い文献の多くを、関係団体や市場から調達したのであろう。
ちなみに古い組合文献では、Zentralstelle für soziale Literatur der Schweiz, Zürich の蔵書印を押したものが圧倒的に多いようである。


コレクションの構成

つぎに、この目録に掲げた合計6,909点の文献の構成にふれておこう。
今回の目録は、基本的にはDGBの所蔵当時の分類を踏襲し、一部に差し換えを加えたが、全体を組合、社会政策、経済、政治・歴史、等の7項目に大分類し、その内部を単行書(M)と小冊子(S)に分け、さらに一部の分野では刊行年次別に1945年以前と以後とに細分してある。
年次以外のこの分類基準には曖昧さも残るが、それは一応措いて、項目別の収録冊数を示せば、別表の通りである。

これによれば、単行書と小冊子の割合がほぼ1対2であるが、実物を見た印象では小冊子の割合はもっと高いように思われる。
また項目別では、5. 政治・歴史 と 4. 経済 が大口で、以下、1. 組合、3. 社会政策、6. 青年・婦人・家族等と続く。

さらに年次別構成は、この表からは一部しか分からず、項目による差も大きいが、筆者の推定では、冊数で6割近くが戦後の、4割強が戦前の刊行物といえよう。
そして戦前分では、その約半分がヴァイマル期(1918~33年)、残りが帝政期(主として1900年以降)とナチス期とにほぼ折半される勘定である。
また戦後分では、1945~49年がその約1/4、50年代が1/3強、60年代が1/3弱で、70年代は1割未満(最近刊は1978年)と思われる。
そして項目ごとの差は、例えば 2. 法律書 がヴァイマル期と第二次大戦直後とに、逆に 7. 住宅・地域計画等 が1960年代以降に、相対的に比重を増しているというように、時代の関心の推移を反映しており、全体としては時期的にかなり均等に分散しているように見受けられる。

ここで、個々の項目に立ち入る余裕はないが、DGB文書として、1. 組合 の項目はとくに注目に値する。
この項の単行書(1-M)の半分余りは、社会民主統計の新旧各種の組合の定期資料(執行部の年報、大会向け報告書、大会議事録等)で占められる。
この部分については、冊子体目録巻末の索引で組合別に資料一覧を示したので、詳しくはそれを参照されたい。
ただここでも、例えばヴァイマル期のADGBのそれや戦後のDGBの大会議事録が欠落していたり、傘下の個別組合でも年次が続かないなどの不備は目立つが、逆に古い時期の有名ではない組合の大会資料が散見されるなど、珍しい発見も多い。
組合が出したその他の単発資料とともに、今後の組合研究にとって貴重な資料といえよう。

そのほかの項目でも、DGBならば当然に所蔵していた筈の単行書が見当たらないといった不満が残る反面、日本では容易に見られない各時期の小冊子類が大量に含まれており、これらは単行書とは異なってその時どきの状況を直截に反映しているだけに、これまた今後のドイツ研究に裨益するところ大なるものがあるといえよう。


項目別の収録冊数

 a 1945年以後b 1945年以前
1. 組合M2522384901,092
S453149602
2. 法律M  136393
S  257
3. 社会政策M  446980
S280254534
4. 経済M  3891,408
S5105091,019
5. 政治・歴史M  3991,781
S9983841,382
6. 青年・婦人・家族等M  228828
S337263600
7. 住宅・地域計画等M  142427
S  285
合計M  2,2306,909
S  4,679
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